大判例

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大阪高等裁判所 昭和57年(行コ)25号 判決

控訴人(原告) 奥田泰郎 外四名

被控訴人(被告) 枚方税務署長 外二名

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一申立て

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人枚方税務署長が昭和五〇年九月三日付けで控訴人奥田泰郎、同奥田純子、同菅江浩子に対して、被控訴人豊能税務署長が同年一一月一五日付けで控訴人小山悦子に対して、被控訴人下関税務署長が昭和五一年九月二九日付けで控訴人三宅妙子に対して、それぞれした昭和四九年分所得税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。との判決を求める。

二  被控訴人ら

主文同旨の判決を求める。

第二主張

当審における主張を次のとおり付加するほか、原判決事実摘示のとおりである(ただし、原判決五枚目表八行目の「昇次」を「曻次(以下「昇次」と表示する。)」と改める。)から、これを引用する。

一  控訴人ら

1  本件更正処分の手続的違法事由の追加

(一) 奥田昇次に対する支払金二〇〇〇万円について

(1) 仮に右支払金が本件譲渡所得の必要経費に当たらないとすれば、昇次に対する退職金の性質を有するものであつて、控訴人奥田泰郎の事業所得算定上の必要経費に当たる。

(2) 右の内金五〇〇万円は昭和四八年八月二八日に支払われ、残金一五〇〇万円については、建物明渡しの履行期未到来のためまだ支払われていないが、退職所得の収入の時期は、所得税法施行令七七条の規定により、全額二〇〇〇万円について昭和四八年となる。

(3) 一方、退職金の必要経費算入時期については、所得税法三七条が債務の確定した年と規定しているから、結局控訴人奥田泰郎の昭和四八年分の事業所得の必要経費として、二〇〇〇万円全額が算入されなければならない。

(4) ところで、控訴人奥田泰郎は所得税法一四三条が規定する青色申告書の提出を承認されているところ、同控訴人の昭和四八年度事業所得の必要経費として右二〇〇〇万円の退職金を算入すると、同年度分の申告所得額は赤字となるから、この場合には、所得税法七〇条一項の規定により、翌昭和四九年度の所得から繰越損失として控訴されなければならない。

(5) したがつて、原処分庁である被控訴人枚方税務署長は、国税通則法二四条に従い控訴人奥田泰郎の昭和四九年度の総所得について更正すべきであつたし、右更正をしなかつたとしても、訴願手続の過程において同控訴人からその瑕疵は主張され、同法七〇条の制限期間内であつたから、同法二六条に従い再更正すべきであつたのに、これをしなかつた点において、同控訴人に対する本件更正処分は右法条に違反し違法である。

(二) 日本耐アルカリに対する支払金二五〇万円について

右支払金が本件土地譲渡についての必要経費に当たらず、建物の譲渡に必要な経費その他の経費であるとすれば、控訴人奥田泰郎の昭和四九年度における不動産の譲渡所得以外の何らかの所得の経費であるから、奥田昇次に対する支払金同様、同控訴人の同年度の総所得について更正又は再更正すべきであつたのに、これをしなかつた点において、同控訴人に対する本件更正処分は違法である。

(三) 国税通則法二四条違反について

(1) 被控訴人らにおいて、本件各更正処分をするにつき、何らかの調査をしたことになるとしても、奥田昇次に対する支払金を退職金と見る限り、その税法上の取扱いにつき前記の各法条があることに鑑み、少くとも被控訴人枚方税務署長が控訴人奥田泰郎に対する本件更正処分をなすに際してしたとする調査なるものは、杜撰きわまりなく、不充分というよりむしろ調査に値しないというべきであるし、日本耐アルカリに対する支払金についても、被控訴人らとしては、控訴人らがいずれも立退補償金二五〇万円にははるか及ばない金額である一四七万五〇〇〇円を本件土地の譲渡費用として算入した点から見て、何故にかかる金額を算入したか課税庁として当然に疑問を抱いたはずであり、調査の必要を感じたはずであつて、このことは、被控訴人らにおいて、ひとしくこの点に関する調査を怠つたことを物語るものである。

(2) 右の点において、被控訴人らは、本件各更正処分をなすに際し、国税通則法二四条の調査を充分にしなかつたことにつき、裁量権を著しく濫用した違法がある。

2  農地売払法五条の違憲性についての主張

別紙記載のとおり。

二  被控訴人ら

1  控訴人らの1(一)の主張は争う。

奥田昇次に対する支払金は、原判決認定のとおり、諸々の紛争解決金であつて、その一部に退職に関する事項が含まれていたとしても、全体が退職金としての性格を有するものではないが、退職金の性格を有するとしたところで、退職所得の収入金額の収入すべき時期(必要経費に算入すべき時期)は、その支給の基因となつた退職の日による。

しかるに、昇次の退職は、奥田塗料製造工業が閉鎖移転された昭和五一年である。

したがつて、仮に右支払金の一部が控訴人奥田泰郎の事業所得の金額の計算上必要経費に算入されるべきであつたとしても、その年分は昭和五一年となる。

2  控訴人らの1(二)の主張も争う。

日本耐アルカリに対する支払金についても、控訴人奥田泰郎の昭和四九年分所得の計算上、いずれの所得の必要経費にも該当しない。

3  控訴人らの1(三)の主張も争う。

譲渡所得の認定につき経費性を有しない支払について、被控訴人らは、他にどんな税務処理が可能であり、かつ、控訴人らにおいてその手続を取つたかどうかについてまで確認すべき義務はない。控訴人らに対する課税処分をなすに当たり、被控訴人らは必要かつ十分な調査をした。

4  憲法一四条違反の主張について

憲法二九条二項は、「財産権の内容は、公共の福祉に適合するやうに、法律でこれを定める。」と規定しており、租税法を通じて財産権の内容を定め、あるいは課税により財産権を制限するのも、それが公共の福祉に適合する限り違憲といえない。

私有財産の収用が正当な補償のもとに行われた場合に、その後に至り収用目的が消滅したとしても、法律上当然にこれを被収用者に返還しなければならないものではなく、これを被収用者に回復する権利を保障した農地法八〇条の措置は立法政策上の問題である。

右立法政策に基づいて、時価より低廉な価格で土地を取得した被収用者の利益は、地価の異常な値上がりと相まつて生じた不労所得にすぎない。かかる性質を有する所得が実現したとき、その所得に対する課税について、公共の福祉の見地からどのような課税をするかは、農地買収制度及び売払制度の趣旨、目的のほか、これらの制度の基礎をなす土地政策等社会、経済全搬の事情等を考慮して決定されるべき立法政策の問題である。農地売払法五条が、公共の目的のための譲渡による所得については軽課、それ以外の目的のための譲渡による所得については重課とし、間接的に売払土地の公共用への転用をできるだけ促進する効果を期したのは、かかる公共の福祉の見地によるものである。

以上のとおり、農地売払法五条の規定は合理性を有するので、憲法一四条に違反しない。

5  憲法二九条違反の主張について

租税特別措置法三一条一項、三二条一項の立法趣旨は、土地等に関する異常な値上りによる投機の抑制等住宅ないし土地政策によるもので、土地ころがしのペナルテイーあるいは懲罰課金の性質を有するものではない。

農地売払法五条の規定は、前記のとおり公共の福祉の見地から決定されたものであつて、課税上の重課、軽課の取扱いを租税特別措置法によらしめたのは単なる立法技術の問題にすぎない。同措置法の右各規定は、その適用の効果を、取得時期、保有期間等時間を基準としない他のいかなる課税原因に流用することも許さないものではない。

なお、控訴人ら主張の〈A〉譲渡所得の金額は申告額(長期分離譲渡所得額)であつて各更正額と異なるのに対し、〈B〉所得税額は本件各更正額(短期分離譲渡所得税額)である。〈C〉住民税額については知らないが、地方税法三七条の三の一項、三一四条の八の一項、同法附則三五条一、四、五項によつて地方税の上限が設定されており、所得を上回る税額を負担することはありえない。

第三証拠関係〈省略〉

理由

一  当裁判所も、控訴人らの本訴請求はいずれもこれを棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり付加、訂正、削除するほか、原判決理由説示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決一九枚目裏六行目の「乙」の次に「第六、第八号証」を加え、同二〇枚目表末行の「受けていない」を「受けることのできない」と改める。

2  同二〇枚目裏三行目の「(」の次に「昭和二九年法律第五二号による改正前の所得税法二六条の三及び四六条の二の一、二項についての」を、同四行目の「日」の次に「第三小法廷判決」、「頁」の次に「参照」を、それぞれ加え、同五行目の「受けていない」を「受けることのできない」と改め、同二一枚目裏七行目の「日」の次に「第二小法廷判決」、同八行目の「頁」の次に「参照」を、同二二枚目裏七行目の「日」の次に「第二小法廷判決」を、それぞれ加える。

3  同二二枚目裏九行目の「前掲」の次に「(1)挙示の」を加え、同二三枚目表一行目の「原本の存在と成立に争いがない」を「弁論の全趣旨によつて原本の存在とその成立が認められる」と改め、同裏七行目の「程度であり、」の次に「いわゆる家庭菜園の域を出ないものであつて、」を加え、同一〇行目の「全部」を「を全体として見て」と改め、同二四枚目表一〇行目の「ないのである」の次に「(無効原因たる明白性についての挙証責任は主張者側にあるものと解する。)」を加え、同裏三行目冒頭「原告ら」の前に次のとおり付加する。

「 買収の結果袋地となる民有地が生じたとしても、民法上囲繞地通行権が発生する等法律上も保護規定が存し、通常は土地の利用に支障をきたすことは当然には認め難いのであり、控訴人らはその主張する民有地について袋地となつた結果どのように重大な障害を生じたか主張立証しないので、」

4  同二五枚目表一行目全部を次のとおり改める。

「 原審証人福場佼、当審証人奥田昇次の各証言、原審における控訴人奥田泰郎、同奥田純子各本人尋問の結果中右認定に反する部分は右各証拠に照らして採用し難く、ほかに右認定の妨げとなる証拠はない。控訴人らは、甲第三五号証の四(大阪府豊地部長名義、津田町農地委員会長あて、昭和二三年七月三〇日付けの「未墾地買収令書交付方依頼に関する件」と題する書面)を提出して、本件買収令書そのものが証拠として提出されないこととともに、奥田春男が当時買収令書の受領を拒んだ事実の存在しないことの根拠とするのであるが、前掲甲第一二ないし第一四号証、第二四号証によれば、奥田春男は昭和二三年五月一一日には大阪府農地委員会長に対して買収計画除外申立てをし、同年七月一日に買収計画取消訴訟を提起し、同年九月六日に買収対価増額請求訴訟を提起しており、そのような経過の中で、大阪府知事が昭和二四年二月八日自創法三四条で準用する同法九条一項による公告を行つたことが認められるのであつて、右事実関係の下で考えると、その過程において昭和二三年七月三〇日ころに奥田春男に対する買収令書交付依頼がなされたとしても何ら不合理な点を見出すことはできず、受領拒絶された買収令書自体が証拠として提出されないことをもつて奥田春男が買収令書の受領を拒んだことが疑わしいものとすることもできない。」

5  同二五枚目表五行目冒頭から同七行目末尾までを次のとおり改める。

「 本件土地買収処分前後の前記事実関係から判断すれば、当時奥田春男が買収対価の受領を拒絶したか拒絶することが明らかであつたことがうかがえるから、対価の供託は有効であつたと認められる。又、買収対価が本件土地の実測面積に基づいて算出した額をはかるかに下回ること、当時本件土地上に直径二〇ないし三〇センチメートル以上の松を主体とし独立した経済的価値を有する立木及び竹が密生していたこと、本件土地上に存在したとする滝及び農業用水路が当時奥田春男が高価を投じて構築したもので、その対価を本件買収対価に含ましめることが明白に不当であると認められる程度の工作物であつたことについて、いずれもこれを認めるに足る証拠はない。

したがつて、控訴人らの右主張によつても、本件土地の買収処分を無効ならしめる瑕疵に該当するとはいえない。」

6  同二五枚目裏一行目の「知り、」の次に、「前記のとおり、」を加え、同三行目全部を、「のであるが、前掲甲第一四号証によれば、右買収対価増額訴訟の訴状には自創法一四条の訴である旨明記されていることが認められるところ、同法三四条により三〇条の規定による買収について準用される同法一四条一項には、「第三条の規定により買収した農地の対価の額に不服ある者は、訴を以てその増額を請求することができる。但し、令書の交付又は第九条第一項但書の公告のあつた日から一箇月を経過したときは、この限りでない。」と定められていたのである。」と改め、同五行目の「移転したこと」の次に「を」を加える。

7  同二六枚目表四行目の「却つて、」の次に「農地法八〇条二項に基づき売払いを受けた昭和四九年二月二六日より後である同月二八日に控訴人らが本件土地を日本機械に売り渡したことについて当事者間に争いがないことからすると、控訴人らがその前に本件土地の売払請求権を日本機械に譲渡したことはないはずであるし、」を加え、同六行目の「結果によると、」を「結果によつても、」と改め、同七行目の「本件土地」の次に「の所有権」を加える。

8  同一〇行目の「いるが、」の次に「右主張は本件土地の買収処分が無効であることを前提とするものであるところ、右前提が認められないことはすでに説示したとおりであるから、右主張も又失当というほかない。なお、」を加え、同一二行目の「はない。」を「もない。」と改め、同行の「原告らは、」から同裏二行目末尾までを削る。

9  同裏五行目の「成立に争いがない」を「前掲」と改め、同七行目の「本人尋問の結果」の次に「(一部)」を加え、同末行の「この認定に反する」を「原審における控訴人奥田泰郎本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用し難く、ほかに右認定を左右するに足る」と改め、同二七枚目表四行目冒頭から同八行目末尾までを削る。

10  同二七枚目表一〇行目の「前掲乙」の次に「第八号証、」を、「第一六号証の一、」の次に「原本の存在及び成立に争いのない同第一四号証、」をそれぞれ加え、同一〇、一一行目の「第八号証、」を削り、同末行の「証の一」の次に「、第一二号証、第一三号証の一」を加え、同裏二行目の「あつたこと」を「あつて本件土地ではないこと」と改める。

11  同二七枚目裏一〇行目冒頭から同一一行目の「多言を必要としない。」までを削り、同二八枚目表二行目末尾の次に「したがつて、控訴人ら主張の事情が本件更正処分を違法ならしめるものではない。」を加え、同三行目の「採用できない」の次に「。」を加え、「ことは、」から同四行目末尾までを削り、同六行目の「八〇条」の次に「二項」を加える。

12  当審における控訴人らの主張1(一)奥田昇次に対する支払金に関する本件更正処分の手続的違法(控訴人奥田泰郎の主張)について

奥田昇次に対する支払金(正確には支払約束金)二〇〇〇万円はさきに判示したとおり、種々の性格を兼ねた給付金であり、その一部が同人の奥田塗料製造工場の退職功労金で所得税法三〇条に定める退職所得に当たると解されるところ、前掲乙第六号証、第一六号証の一によれば、右二〇〇〇万円のうち五〇〇万円は昭和四八年八月二八日同人に対し現実に支払われたが、残金一五〇〇万円は同人が奥田塗料を退職することとなつた昭和五一年までの間も支払われていないことが認められるので、右既払金五〇〇万円は退職金の性質を有するものとはいい難く、何らかの解決金の性格を有するものと解するほかないものである。しかも、退職所得とは、元来退職したことに基因して一時に支給されることとなつた性質を有する所得のことであつて(所得税法三〇条一項参照)、その収入金額の収入すべき時期は、その支給の基因となつた退職の日によるとの取扱いがなされていることは当裁判所に顕著な事実である(所得税基本通達(昭和四五年七月一日直審(所)三〇)三六―一〇参照。なお、控訴人らの援用する所得税法施行令七七条は一の勤務先を退職することにより二以上の退職手当等の支払を受ける権利を有することとなる場合の規定であつて、昭和四八年に退職していない奥田昇次に適用される訳はない。)。

したがつて、二〇〇〇万円全額が退職金の性質を有し、それが昭和四八年度の奥田昇次の収入金額となることを前提とする控訴人奥田泰郎の右主張は、右の点において理由がないといわざるをえない。

13  同1(二)日本耐アルカリに対する支払金に関する本件更正処分の手続的違法(控訴人奥田泰郎の主張)について

前掲乙第八号証、第一一号証の一、原審における控訴人奥田泰郎本人尋問の結果によれば、日本耐アルカリは、奥田春男から借り受けて使用していた前記津田財産区所有地上の建物(簡易工場建物)を昭和五〇年二月二八日を以て立退くこととなり、昭和四九年一二月に控訴人奥田泰郎との間に約定書を交して、同控訴人から同月二〇日に一〇〇万円、昭和五〇年二月二八日に一五〇万円合計二五〇万円の移転補償金を受領していることを認めることができる。しかし一方、成立に争いのない乙第五号証及び原審証人玉田善彦の証言によれば、控訴人らから日本機械に対する本件土地譲渡に関連して、控訴人奥田泰郎は日本機械に対し土地上の建物、施設一切を撤去することとなり、当時同控訴人は日本機械から売買代金のほかに立退移転補償金として総額一億二四一三万六〇〇〇円の支払を受けたのであるが、日本耐アルカリが使用していた前記建物も右撤去の目的となつていたことが認められる。右事実関係からすると、日本耐アルカリに支払われた二五〇万円は、控訴人奥田泰郎が受領した右立退移転補償金から支払われるべきものであり、実際にそのように実行されたものと見られるのである。

そして、弁論の全趣旨によれば、右立退移転補償金は、控訴人奥田泰郎の所得の関係で、租税特別措置法三七条一項に定める事業用資産の買換えの特例の適用を受けた結果、直ちに分離長期譲渡所得として課税されることはなかつたことが認められるから、事業用資産の買換による繰り延べの結果、買換資産取得価額の関係で将来いずれ課税されることがあるとしても、日本耐アルカリに対する支払金は、その時点で事業用資産の譲渡費用に当たるかどうか調査の対象とすれば足りるといわなければならない。

したがつて、日本耐アルカリに対する支払金を控訴人奥田泰郎の昭和四九年度における不動産譲渡所得以外の何らかの所得の経費であるとし、そのことを前提として同控訴人に対する本件更正処分が違法であるとする主張は理由のないものである。

14  同1(三)国税通則法二四条違反について

控訴人らは、奥田昇次及び日本耐アルカリに対する支払金が控訴人奥田泰郎の昭和四九年度における何らかの所得の経費であることを前提とし、それにそう更正ないし再更正をしなかつたことから、被控訴人らのした本件各更正処分についての調査が杜撰又は調査に値しないと主張し、調査につき裁量権を著しく濫用した違法があるというのであるが、右前提がいずれも理由のないことは12・13において判断したとおりであるから、右主張も理由がないというほかない。

15  同2中農地売払法五条が憲法一四条に違反するとの主張について

農地売払法五条一項一号は、農地法八〇条二項の規定により売払いを受けた個人が、当該土地等を転売した場合の譲渡所得の課税に関する租税特別措置法の適用につき、その売払いを受けた年又はその翌年中に、これを公共用又は公用として政令で定めるものに供するため転売した場合には、長期譲渡所得として軽減税率を適用するのに対し、同条項二号は、右以外の場合には短期譲渡所得として重課するものである。控訴人らは、右条項が譲渡の目的により差別を規定しているのは、憲法一四条に違反すると主張する。

ところで、農地法八〇条一項に基づく不要地認定に関する同法施行令一六条は、認定基準について、新たに生じた公共用等の目的に供される場合に限る等限定的に規定していたのであるが、最高裁判所昭和四六年一月二〇日大法廷判決により、それが法の委任の範囲を越えた無効のものであるとされたことから、右施行令による認定の範囲を、自作農の創設又は土地の農業上の利用の増進の目的に供しないことが相当である土地等にまで拡大する改正が行われた。これを契機として、農地法八〇条二項の買収前の所有者への売り戻しについては、適正な価額によるべきであるとする批判がなされるとともに、売払いの対象となる土地等について、これを公共用又は公用への転用の促進をはかるべきであるとする社会的、政治的要望が高まり、これを受けて農地売払法が制定された。以上の経緯は当裁判所に顕著な事実である。

右立法の経過から明らかなように、農地売払法五条一項の規定は、公共用地の不足等わが国における土地問題の現状を考慮し、国有農地等を旧所有者に売り払う場合においても、その公共用又は公用の用途への積極的な活用の促進をはかることが、立法政策上当を得たものであるとして、その趣旨で定められたものと解される。

右は、元来立法政策の問題に属するのであるが、上記の見地から売払いを受けた農地等の転売目的の違いによつて課税内容に差異を設けたことは、租税政策上合理的理由のあることであつて、公共の福祉に適合するものといわなければならない。しかも、右差異は、人の地位、身分による差別ではなく、いやしくも農地法八〇条二項の規定により土地等の売払いを受けた個人である以上、その譲渡をした場合に要件を満たせば等しく軽減税率の適用を受けるのである。

したがつて、農地売払法五条一項の規定は憲法一四条に違反するものではなく、控訴人らの主張は理由がない。

16  同2中農地売払法五条が憲法二九条一項に違反するとの主張について

控訴人らは、農地売払法五条一項二号は、売払農地等の旧所有者等に対し懲罰課金を負担させることのみを目的としており、課税の形式で旧所有者等の有する財産権を侵害するものであつて、憲法二九条一項に違反すると主張する。

しかしながら、農地法八〇条二項の規定により土地等の売払いを受けた旧所有者等が、これを他に譲渡した場合の所得に対する課税について、その税率をどのように定めるかは、農地買収制度及び買収農地売払制度の趣旨・目的のほか、これらの制度の基礎をなす社会・経済全般の事情等を考慮して決定されるべき立法政策上の問題であつて、農地売払法五条一項の規定には合理的な理由があり、公共の福祉に適合するものと認められることは、さきに説示したとおりである。

なお、控訴人らが過酷な税負担であるとして示す金額は、各譲渡所得額を申告額(譲渡費用とは認められない前記奥田昇次分と日本耐アルカリ分を譲渡費用として控除したもの)で表示し、所得税額を更正による金額(右控除をしていないもの)で表示してあるため、その数値は不正確といわねばならず、過酷な税負担の例示とはいい難い。

したがつて、農地売払法五条一項の規定は憲法二九条一項に違反するものとは認められず、控訴人らの主張は理由がない。

二  よつて、控訴人らの本訴請求はいずれも失当としてこれを棄却すべきものであり、原判決は相当であつて、本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担について民訴法九五条、行訴法七条、民訴法九三条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 荻田健治郎 堀口武彦 渡邊雅文)

(別紙) 国有農地等の売払いに関する特別措置法五条の違憲性についての主張

一 はじめに

原判決は、本件土地の譲渡が国有農地等の売払いに関する特別措置法(以下「売払法」という。)五条一項二号に規定する譲渡に該当し、租税特別措置法(以下「措置法」という。)三二条一項が適用され、分離短期譲渡所得として課税されるから、被控訴人らのした本件更正処分は適法であり、本件賦課決定処分も適法であると認定した。

しかしながら、原判決の認定の根拠となつた売払法五条一項二号は、以下に述べるとおり憲法一四条及び二九条一項に違反するものである。したがつて、原判決も違法のものであると断ぜざるをえない。

二 憲法一四条違反について

(一) 売払法五条は、農地法八〇条二項の規定により売払いを受けた個人が当該土地等の譲渡をした場合における措置法三一条及び三二条の規定の適用について、当該土地等の譲渡が公共用・公用等に供するためにされたものである場合は長期譲渡所得(措置法三一条)に、その他の場合は短期譲渡所得(同法三二条)に該当すると規定している。

措置法三一条及び三二条の規定は、所得税法が累進税率の合理的適用を配慮して設けた五年を基準とする長・短期の区分と二分の一課税(同法二二条二項二号及び三三条)に対する特例措置として昭和四四年に立法化された。

すなわち、所得税法は資産(たな卸資産を除く。)の譲渡による所得を当該資産の取得後五年以内に譲渡した場合には短期譲渡所得、五年超の場合には長期譲渡所得とし、長期譲渡所得については譲渡益の二分の一を以て課税標準としているが、土地建物等については価格高騰に伴い課税上の特例措置が必要であるとの政府税制調査会の答申にもとづき、昭和四四年に措置法三一条、三二条を含む一連の土地税制の立法が行われた。

大蔵省主税局の立案担当者はその主旨を「一方において個人が長期間にわたつて保有していた土地建物等を譲渡したときの譲渡所得に対する課税の仕組みについて時限的に分離比例課税の方式を導入して、税額計算を簡易平明化し、これにより切り売りや売り惜しみに対処するとともに、比例税率をだんだんに高めることによつて、早期供給の誘導に資する」、「他方、個人が取得後短期間に土地建物等を譲渡して得た短期譲渡所得については従来よりもかなり重課し、投機的な仮需要の抑制や値上り益相当部分の社会公共への還元に資する」と説明している。平たく言えば、措置法三二条の短期譲渡重課は“土地ころがし”へのペナルテイーであつた。

(二) ひるがえつて、本件譲渡が行われた昭和四九年当時における土地建物等の譲渡に対する所得税課税の特例をみれば、大要次の通りである。

(1) 昭和四三年一二月三一日以前に取得したものについては長期譲渡所得とし、一〇〇分の二〇の税額(措置法三一条)。

(2) 昭和四四年一月一日以後に取得したものについては短期譲渡所得とし、次の〈1〉〈2〉のうち何れか多い方の税額(措置法三二条)

〈1〉 当該譲渡所得の一〇〇分の四〇の税額

〈2〉 措置法三二条を適用せず、他の所得と総合して所得税法の規定で計算した税額の一〇〇分の一一〇相当額

右の特例が適用される対象者は、いうまでもなく措置法に規定した期間内に土地建物等の譲渡による所得があるすべての個人であり特定階層、特定所有関係、もしくは特定の相手方に対する限定適用又は適用除外ということはない。所得税法における譲渡所得自体の計算とその適用税率についての特例であるから、当然、適用期間と取得時点についての区分があるだけで、譲渡目的や譲渡人の差異を問う規定はないのである。

昭和五七年の法律八号で取得後一〇年以上のものを長期とし、それ未満のものを短期とすると改められるまでは、昭和四四年一月一日以後に取得したものの譲渡はすべて「短期」、その前日以前に取得したものの譲渡はすべて「長期」ということになつていた。ここでは所有「期間」は問題とはされない。極端にいえば昭和四三年一二月三一日に取得し、翌日にこれを売つて、莫大な利益を得ても「長期」譲渡所得としての課税しか受けないという不合理が存在していた。

しかし、長・短期区分については、適用時期の差異に従い万人に等しくその適用を受けるという点において、措置法は合理化され、政策立法としての存立が容認された。

(三) それでは、売払法については、どうであろうか。

売払法は、昭和四六年一月二〇日の最高裁判決により当時の農地法施行令一六条四号を無効とされたことを発端として緊急に議員立法されたものである。

農地法八〇条二項は、国が自作農創設を目的として買収した土地が、その目的に供されないことになつた場合にこれを旧所有者(その承継人を含む。以下同じ。)に売払わなければならないと規定しているが、同施行令一六条四号は売払う場合を「公用、公共用又は国民生活の安定上必要な施設の用に供する緊急の必要があり、且つ、その用に供されることが確実な土地等」に限り売払い認定の対象としているのである。農地法八〇条二項後段には、この場合の売払い対価は買収対価相当額によると規定されていた。

右の最高裁判決により同施行令一六条四号が無効とされたため、買収対価による売払いが同法八〇条二項該当土地の旧所有者に対してなされることとなり、時価との差額が法外なものとなる場合も頻発する可能性があることから“旧地主優遇”と批判する世論が高まつた。最高裁判所も行政局長を通じ「判決は買収した農地を旧所有者に戻さなければならないというものであり、売戻し価格をいくらにすべきかについては判示していない。」との見解を表明し、これを基礎に政府及び野党で種々論議が交された結果、売払い額について「適正な価額」によるものとすることを骨子に売払法が議員立法されたものである。

(四) 売払法が「適正な価額」(それは売払施行令一条で「時価の一〇分の七」と規定された。)により旧所有者に対して売払うことは、旧所有者が買収対価相当額で被買収農地の売払いを求めうるという民事上の財産権を侵害し、また既に売払いを受けた者と受けていない者との間に対価の差別があるとする違憲訴訟に対して最高裁は昭和五三年七月一二日これを合憲とする判決を下しており、控訴人らはこれに対して異を唱えるものではない。

しかしながら、同法五条一項が売払いを受けた長期区分につき、所有の時期的差異ではなく譲渡の目的による差別を規定していることに対しては、売払法五条一項二号の規定により過酷としか言いようがない懲罰的重課税を受けている控訴人らとしては、憲法一四条違反を主張しなければならない。

売払法五条において税法の体裁をとり、本来の目的である売払価額の決定等の範囲を逸脱しているばかりか、農地法八〇条二項に規定する土地の旧所有者という特定階層に属する者に対し公共用目的への譲渡を間接的に強要しその他の譲渡に対して措置法の趣旨である取得時期による差異(現行措置法は前述の通り一〇年を基準とする所有期間差異)を否定して苛酷な取扱いを強制することについては、憲法一四条の許容する合理的差別であるとはとうていいえないであろう。

(五) 売払法制定前においては、農地法八〇条二項により売払いを受けた土地の譲渡所得は、国税庁長官の通達(昭和四〇年二月二日)で「当該旧所有者が引続き有していたものと取扱う。」として、「長期」の扱いになつていた。

もともと、農地法八〇条二項による旧所有者への売払いは、その実態において買受請求権の譲渡である場合が大部分であつた。形式的には、国から旧所有者へ所有権移転手続がされるのと、旧所有者から第三者へのそれがされるのとが、同時または直近の時期とが普通であり、特に、売払い土地の譲渡目的を限定していた農地や法施行令一六条四号の規定が存在していた時期においては、右のような形式以外のものはほとんどなかつたのではないかと考えられる。従つて、買戻しと他への譲渡を形式的にとらえる限り、農地法八〇条二項により買戻した土地の譲渡所得については「短期」該当ということになる。ところが、これらの土地の譲渡所得を「短期」とするのは実態に即さない。

すなわち、これらの土地に強制買収された時期は概ね昭和二二~五年ころであり、買収目的に沿つた使用がされなくなつたのは同三〇年ないし三五年頃と推定されるところ、農地法八〇条二項により不用買収土地は旧所有者に買受請求権が生じることから、当該買受請求権発生時期と第三者への譲渡時期との期間の長さにより、昭和四四年に措置法三一条及び三二条が制定される前の時期においては長・短期の判定がなされ、右措置法の規定制定後においては買受請求権発生時期が昭和四四年一月一日以後かその前日以前かによりそれが判定されるが、何れにしても、これらの土地の譲渡所得については本質的に「長期」以外にないと考えられる。

従つて先の国税庁長官通達は正当な法解釈にもとづく取扱いを第一線の税務職員に示していたのである。

前述の昭和四六年一月二〇日の最高裁判決も旧所有者の買受請求権発生時期を右のように判定しており、このこと自体は売払い価額をいかほどにすべきかということにはかかわりがなく、よつて売払法制定後も同様である。となれば、買収価額相当額による売払いで“旧所有者優遇”と世論の批判を浴びたのであるから、売払法において「適正な価額」により売払う旨が規定されれば、旧所有者が買戻した土地を譲渡した場合の所得についても、措置法の趣旨通り、買受請求権成立時期の差異によつて長・短期の適用をすれば足り、そこに制限的な規定を設けることは前記最高裁判決が違憲としたところを、再度立法によつて挑戦することを意味する。それを嫌つた大蔵省が、売払法の政府提案に同意しなかつた経過もある。

(六) 農地法八〇条二項により売払いを受ける権利を旧所有者が取得することになつた原因は、偏に政府の側にある。政府が農業政策を大幅に転換し、食糧自給の途を捨て、工業に重点を置く経済路線を推進したため、国内農業の発展は奇型化し、農業人口は激減せざるを得なかつた。自作農創設の目的は当然放擲されてしまつたのであるが、こうした政府の農業政策の当否を控訴人らは問うものではない。ただ、売払法によつて、旧所有者層に属する者だけが、何故に苛酷な税負担を押しつけられねばならないのかということについての、合理的な理由が存在しないことを主張しているのである。

(七) 昭和四六年一月二〇日の最高裁判決は次のように述べている。

「農地改革のための臨時立法であつた自創法とは異なり、法(注・農地法)は、恒久的立法であるから、同条による売払いの要件も当然、長期にわたる社会経済状勢の変化にも対処できるものとして規定されているはずのものである。したがつて、農地買収の目的に優先する公用等の目的に供する緊急の必要があり、かつ、その用に供されることが確実であるという場合ではなくても、買収農地自体社会的、経済的にみて、すでに農地としての現況を将来にわたつて維持すべき意義を失い、近く農地以外のものとすることを相当とするもの(法七条一項四号参照)として、買収の目的である自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする状況にあるといいうるものが生ずるであろうことは当然に予測される。」

「旧所有者は、買収農地を自作農の創設等の目的に供しないことを相当とする事実が生じた場合には、法八〇条一項の農林大臣の認定の有無にかかわらず、直接、農林大臣に対し当該農地の売払いをすべきこと、すなわち買受けの申込みに応じその承諾をすべきことを求めることができ、農林大臣がこれに応じないときは、民事訴訟手続により農林大臣に対し右義務の履行を求めることができる。」

また、「収用が行われた後、当該収用物件につきその収用目的となつた公共の用に供しないことを相当とする事実が生じた場合にはなお、国にこれを保有させ、その処置を原則として国の裁量にまかせるべきであるとする合理的理由はない。したがつて、このような場合には、被収用者にこれを回復する権利を保障する措置をとることが立法政策上当を得たものというべく、法八〇条の買収農地売払制度も右の趣旨で設けられたものと解すべきである」と断じ、この売払いが「すでに当該土地につき自作農の創設等の用に供するという公共的目的が消滅しているわけであるから一般国有財産の払下げと同様、私法上の行為というべきである」と指摘している。

右の判決の論理からすれば、売払法五条一項のような発想は生れようがなく、この事項が右判決で否定された農地法施行令一六条四号の復活に他ならないと言わざるをえない。

三 憲法二九条違反について

(一) 措置法は特定の譲渡所得について課税上の優遇措置を与えている。本件譲渡のあつた昭和四九年におけるこれらの措置は次の通りである。

〈1〉 収用等に伴い代替資産を取得した場合の課税の特例(三三条)

〈2〉 交換処分等に伴い資産を取得した場合の課税の特例(三三条の二)

〈3〉 換地処分等に伴い資産を取得した場合の課税の特例(三三条の三)

〈4〉 収用交換等の場合の譲渡所得等の特別控除(三三条の四)

〈5〉 特定土地区画整理事業等のために土地等を譲渡した場合の譲渡所得の特別控除(三四条)

〈6〉 特定住宅地造成事業のために土地等を譲渡した場合の譲渡所得の特別控除(三四条の二)

〈7〉 農地保有の合理化等のために農地等を譲渡した場合の譲渡所得の特別控除(三四条の三)

〈8〉 居住用財産の譲渡の特別控除(三五条)

〈9〉 譲渡所得の特別控除額の特例等(三六条)

〈10〉 特定の事業用資産の買換えの場合の譲渡所得の課税の特例(三七条)

〈11〉 特定の事業用資産を交換した場合の譲渡所得の課税の特例(三七条の四)

〈12〉 国等に対して財産を寄附した場合の譲渡所得等の非課税(四〇条)

右の諸特例は、土地建物等に関する譲渡所得自体についての長・短期区分をすべて措置法三一条及び三二条に規定するところによつており、売払法のように譲渡目的を長・短期の尺度にするということはしていない。

長・短期の区分は時間的な尺度であり、所得税法が五年を基準とし、措置法が昭和四四年一月一日前と以後を基準としていても、その本質的な意味で矛盾することはない。時間的な長短という点においては、同一の保有期間又は取得時期のものについては平等な取扱いがなされるのであり、それを基礎に置いた上で、前記の諸特例規定の適用がされるわけである。

(二) 売払法五条においては、時間的な尺度による長・短期の区分を譲渡の目的別の区分にすり替え、公共用等への譲渡以外の譲渡所得に対し、本来それが前述した通り「長期」の性質のものであるのに、これを「短期」として罰金的な重課税を行わしめることは、税法の目的とするところに反する。措置法三二条は短期譲渡重課を“土地ころがし”による異常な利得へのペナルテイー的意味を持つものであつて、農地法八〇条二項に基く買受請求権を行使して政府の決定した適正価額により買戻した旧所有地の譲渡について適用すべきものでは本来的にあり得ない。もつとも、自作農創設等の目的に使用しないという事実が昭和四四年一月一日以後において生じた場合においては、一般の譲渡所得と同様「短期」の適用を受けることは当然であろう。

税法は財政調達の手段であるが、納税者に対し課税の領域において財産権を保護すべき目的を有する。ところが売払法は、財政調達のためではなく、農地法八〇条二項所定の旧所有者達に対し懲罰課金を負担させることのみを目的としているようである。これは、課税の形式で旧所有者の有する財産上の権利の価値を著しく低下させ、間接的強制を以て、侵害するものであり、憲法二九条一項に違反する。

(三) 本件譲渡土地についての、自作農創設特別措置法による強制「買収」から買戻し、他への譲渡に関する事情については別に詳細に述べた通りであり、売払いを受ける権利の発生が昭和四四年四月一日より前であることは、改めて言うまでもないが、控訴人らが売払法によつていかに過酷な税負担を強いられているかは、次の金額を示すだけで十分理解されるであろう(所得額は控訴人ら主張に基く。)。

(1) 奥田泰郎

〈A〉譲渡所得       一二二、三〇一、八〇〇円

〈B〉所得税額        九七、九九六、五〇〇円

〈C〉住民税額        二五、五〇〇、〇〇〇円

〈A〉-(〈B〉+〈C〉)  △一、一九四、七〇〇円

(2) 奥田純子

〈A〉譲渡所得        一九、五五〇、三〇〇円

〈B〉所得税額        一〇、〇八九、〇〇〇円

〈C〉住民税額         三、五六〇、〇〇〇円

〈A〉-(〈B〉+〈C〉)   五、九〇一、三〇〇円

(3) 小山悦子

〈A〉譲渡所得        一九、五五〇、三〇〇円

〈B〉所得税額         九、六五七、四〇〇円

〈C〉住民税額         三、四〇〇、〇〇〇円

〈A〉-(〈B〉+〈C〉)   六、四九二、九〇〇円

(4) 三宅妙子

小山悦子と同じ。

(5) 菅江浩子

〈A〉譲渡所得        一九、五五〇、三〇〇円

〈B〉所得税額         九、七九七、八〇〇円

〈C〉住民税額         三、四五〇、〇〇〇円

〈A〉-(〈B〉+〈C〉)   六、三〇二、五〇〇円

(注・住民税は地方税法の規定する標準税率による計算。千円未満は切り捨て。)

実に、控訴人泰郎の如きは一、一九四、七〇〇円のマイナスである。現実にはこの他三、七二〇、〇〇〇円の過少申告(長期譲渡として申告していたため、短期譲渡として更正されたことに伴うもの。)加算税が賦課されているのである。他の控訴人らにも各々三〇〇、〇〇〇円程度の同税が賦課されている。

売払法五条一項二号が、控訴人らの財産権を侵害していることは明らかである。

以上

原審判決の主文、事実及び理由

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一 原告ら

被告枚方税務署長が昭和五〇年九月三日付で原告奥田泰郎、同奥田純子、同菅江浩子に対して、

被告豊能税務署長が同年一一月一五日付で原告小山悦子に対して、

被告下関税務署長が昭和五一年九月二九日付で原告三宅妙子に対して、

それぞれした昭和四九年分所得税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分を取り消す。

訴訟費用は、被告らの負担とする。

との判決。

二 被告ら

主文同旨の判決。

第二当事者の主張

一 本件請求の原因事実

(一) 原告らの昭和四九年分所得に対する課税の経緯とその内容は、別表1、2に記載したとおりである。

(二) しかし、被告らが原告らにした本件更正処分は、原告らの長期譲渡所得を短期譲渡所得と誤認した点で違法であり、したがつて、本件賦課決定処分も違法である。

(三) 結論

原告らは、被告らに対し、それぞれ本件更正処分及び本件賦課決定処分の取消しを求める。

二 被告らの答弁

(一) 本件請求の原因事実中(一)の事実は認める。

(二) 同(二)の主張は争う。

三 被告らの主張

(一) 原告らは、昭和四九年二月二八日、訴外日本機械土木株式会社(以下日本機械という)に対し、別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という)を、三億八、三四七万九、二〇〇円で売却した。原告らの持分は、原告奥田泰郎が一〇分の六、その余の原告らが各一〇分の一である。

本件土地の譲渡所得に関する計算は、別表3記載のとおりである。

(二) 本件土地の譲渡が、短期譲渡所得として課税される理由は、次のとおりである。

国有農地等の売払を受けた土地等の譲渡所得の課税については、国有農地等の売払いに関する特別措置法(昭和四六年法律第五〇号、以下農地売払法という)が適用され、同法五条は農地法八〇条二項により売払を受けた土地に係る譲渡所得について特則をおき、同条所定の方法で売払を受けた土地の譲渡については、全て同条が適用される。

同条は、売払を受けた後の譲渡につき、その譲渡目的(あるいはその後の使用目的)に応じて課税所得の計算方法を区別しているのであつて、譲渡者が譲渡物件を取得した事情は農地法八〇条二項の規定による売払という要件以外にその経緯あるいは態様等は一切関知していないのである。

しかるに、原告らは、本件土地につき、農林大臣から昭和四八年一〇月一八日農地法八〇条一項に基づく認定を受け同四九年二月二六日同条二項に基づいて対価一億六、七三二万一、六三九円を支払つてその所有権を取得し、更に同月二八日日本機械に譲渡したものである。

そうすると、本件土地の譲渡は、農地売払法五条一項二号に規定する譲渡に該当し、租税特別措置法三二条一項が適用され、分離短期譲渡所得として課税される。

(三) 譲渡費用について

被告らは、原告らが申告した譲渡費用中、訴外奥田昇次分二、〇〇〇万円と、訴外日本耐アルカリ塗料株式会社(以下日本耐アルカリという)分二五〇万円を否認したが、その理由は、次のとおりである。

(1) 奥田昇次分 二、〇〇〇万円

原告奥田泰郎は、本件土地上で塗料製造業を営んでいたが、本件土地上の建物のうち、一部の工場、作業場、倉庫を第三者に貸与していた。本件土地の譲受人である日本機械は、本件土地上で宅地造成を行う目的でこれを買い入れたため、本件土地上に存在する右各建物等一切の施設を撤去し更地にしなければならなかつた。そこで日本機械は、原告奥田泰郎に対して昭和四八年六月、右各施設の立退補償金として本件土地代金とは別に一億二、四一三万六、〇〇〇円を支払つた。右立退による工場閉鎖に当たり、同原告は、その経営する塗料製造工場に勤務していた奥田昇次に対し退職功労金として二、〇〇〇万円を支払うことにし、同年八月二八日金五〇〇万円、残金一五〇〇万円は奥田昇次が居住していた本件土地上の建物を明け渡す際に支払うことになつた。

したがつて、原告らが本件土地の譲渡費用であると主張する奥田昇次への二、〇〇〇万円は、原告奥田泰郎が奥田昇次に支払う退職金であり、仮にその全てが退職金でないとしても右述の事情よりして、右立退補償金から控除すべき性質の費用であり、本件土地の譲渡に要した費用ではない。

(2) 日本耐アルカリ分 二五〇万円

原告奥田泰郎は、本件土地上の建物の一部を日本耐アルカリに賃貸していたが、その立退料の支払は、日本機械から支払われた右立退補償金から支払われた。したがつて、本件土地の譲渡に要した費用ではない。

(四) 以上の次第で、被告らがした本件更正処分は適法であり、本件賦課決定処分も適法である。

四 原告らの主張

(一) 被告らの主張中(一)の事実は認める。

(二) 本件更正処分の違法事由は、次のとおりである。

(手続的違法事由)

(1) 被告は、本件更正処分をするについて、国税通則法二四条(原告奥田泰郎については、なお所得税法一五五条一項)に定める調査をしなかつた。すなわち、

国税通則法二四条は、納税申告書に係る課税標準等を更正する場合、これに先だち税務署長に対し調査の義務を課している。同条は、調査について何らの規定を設けておらず、結局各個別国税諸法の定めるところによるところ、いずれにせよ、その調査は、各納税者毎になされなければならず、自主申告制度の意義、財産権不可侵の原則さらには法定手続の保障の意義にかんがみればその内客は納税者に弁解の機会を与えるか少くとも納税者の意思を確認する程度にまで実質的なものでなければならない。

しかし、被告枚方税務署長は原告奥田純子および同菅江浩子に対し、被告豊能税務署長は同小山悦子に対し、被告下関税務署長は同三宅妙子に対し、本件更正処分をするに先立つて同条に義務づけられている調査を全くしなかつた。

原告奥田泰郎は、被告枚方税務署長により所得税法一四三条の青色申告の承認を受けていたため、同被告がした本件更正処分は「青色申告書に係る年分の総所得金額」の更正にほかならないから、同被告は、本件処分に先立ち同法一五五条一項に定める調査をなすべきところ、同被告はかゝる調査をしなかつた。

(2) 原告奥田泰郎に対する本件更正処分は、所得税法一五五条二項に定める更正の理由を附記しない違法か、少くとも理由の附記があるとしても著しく不備の違法がある。

被告枚方税務署長が同原告に送達した更正通知書(甲第五号証)には、たしかに「この処分の理由」であるとして、左記の記載がある。

「あなたの昭和四九年分申告所得税のうち、譲渡所得について下記の理由により更正します。

1あなたの申告された農地法八〇条二項により売り払いを受けた土地の譲渡所得は「国有農地等の売払いに関する特別措置法」第五条一項二号の規定により、短期譲渡所得(分離)と認められます。

2土地の譲渡にかかる経費として算入された奥田昇次に対する「覚書」による一二、〇〇〇、〇〇〇円の支払いは土地の譲渡にかかる経費とは認められません。

3土地の譲渡にかかる経費として算入された耐アルカリ株式会社に対する立退料八八五、〇〇〇円は建物の譲渡の経費となりますので、土地の譲渡の経費とは認められません。」

ところで、附記すべきものとされている理由には、とくに帳簿書類の記載以上に信憑力のある資料を摘示して処分の具体的根拠を明らかにして納税者にこれを知悉させ、もし該処分に不服である場合には不服申立をして十分に攻撃防禦を果たさせる程度に理由を附記することが必要とされるところ、前叙の「この処分の理由」の記載は、一体如何なる具体的資料等にもとづいて認定したのか、その資料等によることがどうして正当なのか、たとえば奥田昇次に対する支払金が土地譲渡の経費でないとするならば一体どの所得の経費であるのかなど右の記載自体からこれを知ることは全く不可能であるから、これをもつて所得税法一五五条二項にいう理由附記の要件を充たしているとは到底認められない。

(実体的違法事由)

(1) 本件土地の譲渡所得が、長期譲渡所得になる理由は、次のとおりである。

元来本件土地は、原告らの被相続人訴外亡奥田春男が所有していたものを、国が、昭和二三年七月二日、自作農創設特別措置法三〇条により、未墾地買収をしたが、その買収処分には、買収令書の交付がなかつたこと、買収の対価が支払われなかつたこと、買収すべき土地と隣接私有地との境界の確認がなかつたこと、など重大かつ明白な瑕疵が存在していたのであるから、本件土地の買収処分は無効である。その理由の詳細は、別紙添付の準備書面のとおりである。したがつて、国は、本件土地の所有権を取得することはできなかつたのである。そして、本件土地は、大部分農業用地として適さないから、買収計画自体杜撰なものであつて、取消しを免れないものであつた。

仮に右買収処分が有効であつたとしても、本件土地の所有権は、時効によつて原告らに帰属している。すなわち、奥田春男は、買収された昭和二三年七月二日以降も引続き二〇年以上所有の意思をもつて平穏かつ公然に本件土地を占有していたのであるから(とくに、本件土地のうち、別紙物件目録記載の〈1〉および〈9〉ないし〈11〉の各土地については、同土地上に工場等の施設を有して塗料の製造を行なつていたのであるから、所有の意思をもつて占有を継続していたことが明白である)、時効により本件土地の所有権を取得したものであり、昭和四六年九月一三日、奥田春男の死亡によつて、その相続人である原告らが本件土地の所有権を承継取得した。

したがつて、本件土地の譲渡は、租税特別措置法三一条一項に該当するから、これについては長期譲渡所得の課税がなされるべきであり、短期譲渡所得の課税をすることは許されない。

(2) 仮に、右の主張が認められないとしても、国から買収処分を受けた本件土地の旧所有者奥田春男の一般承継人である原告らは、農地法八〇条に基づき、農林大臣に対して買受けに応ずべきことを求める権利(買受請求権)を有していたのであるから、日本機械に対する本件土地の譲渡は、実質的には、右買受請求権の譲渡と解すべきである。

したがつて、この譲渡は、権利譲渡であるから、所得税法三三条を適用すべきであり、土地建物等の譲渡に関する租税特別措置法三二条一項を適用することは許されない。

(3) 奥田昇次分、二、〇〇〇万円及び日本耐アルカリ分 二五〇万円は、いずれも、本件土地の譲渡に必要な経費である。

(4) 本件更正処分は、著しく公平を欠き、違法である。すなわち、

すでに主張したとおり、原告らの被相続人である奥田春男は、国の買収にもかかわらず、従前と何ら異るところなく所有の意思をもつて平穏かつ公然に本件土地を占有し続け、その死亡後は原告奥田泰郎らが承継してきたところである。

一方本件土地の一部及びその近隣の地に当時入植した開拓者は、訴外原田某、脇川某、金丸某、岡沢某の四名であつたが、すでに指摘したとおり買収は杜撰をきわめ、当初より農地の配分計画すらなかつたため開拓者といえども土地の農業上の利用の増進を計るすべもわからずそのためいずれもつとに転業し本件土地に関し原告らと日本機械とが契約をした当時、これらの者(原田は死亡しその相続人ら)は全く農業の経営をなしていなかつた。

また、本件土地が含まれる津田第一地区開拓地の旧地主であつて売払をうけた者は、奥田春男ほか一〇名であつたが、奥田春男を除く一〇名は、いずれも右開拓地内に居住せず、東京、大阪などに居住する者さえいた。ひとり奥田春男だけが、開拓地内にあつて本件土地を占有し続けていたのである。

原告らと日本機械との前記契約は、昭和四九年二月二六日、売払を受けるより一年以上も前になされたが、右契約は三つの契約からなつている。その一は、本件土地のうちかつて前記開拓者らによつて占有されたことが全くなく、奥田春男によつて排他的に支配してきた部分に関するもの、その二は、同開拓者らが入植をしたとされる部分に関するもの、その三は排他的支配地上にある工場施設の移転に関するものであつた。

以上のとおり、同じく土地に関するものであつても、二つの契約にしたのは、かつて開拓者らが占有したか否かによるだけであつた。

しかして、前記開拓者(原田についてはその相続人)が得た開拓者離農補償金(前記のとおり農業経営の実態がなかつたため、占有面積などを考慮することなく一律に支払われた)についてはすべて長期譲渡所得の取扱いがなされた。

また、売払を受けた旧地主については、前述のごとく土地についての占有の実態を考慮することなくすべて短期譲渡所得の取扱いをした。

いうまでもなく課税はその実態実質を基礎になされなければならず、かつ公平が貫かれなければならないが、叙上の事実に鑑みるとき原告らに対する本件更正処分は、いずれも実態と実質を無視し、著しく公平を欠くものとして、違法であるといわなければならない。

五 被告らの反論

(一) 国税通則法二四条による調査の程度、方法は、課税庁の合理的な裁量にまかされており、必ず納税者に弁解の機会を与えたり、納税者の意思を確認すべき義務はない。

本件では、原告奥田泰郎が、本件土地の譲渡と譲渡所得の確定申告を総括しており、税理士訴外大谷和夫が確定申告に当たつていた。そこで、被告枚方税務署長は、原告奥田泰郎、大谷和夫、奥田昇次らに面接して事情を聴取して原告らの必要書類の提示を受け、第三者、関係官庁に照会したり、本件土地の実地見分をした。

このようなわけであるから、被告らは、国税通則法二四条に定める調査をした。

(二) 所得税法一五五条一項一号によつて更正する場合には、同項但書により、帳簿書類の調査が必要でないし、同条二項括孤書によつて「更正理由の附記」をしなくてもよいことになつている。

(三) 国は、昭和二三年七月二日、本件土地を奥田春男から農地買収をしたこと、国は、昭和四九年二月二六日、原告らに対し、農地法八〇条二項によつて本件土地の売払をしたこと、以上のことは認める。

しかし、本件土地の農地買収処分は、有効である。すなわち、

(1) 本件土地の買収処分には、原告らが主張する重大かつ明白な瑕疵がない。

(2) 仮に、取り消すべき瑕疵があつたとしても、奥田春男が提起した本件土地の買収計画取消訴訟、買収対価増額訴訟は、いずれも取下げられた(前訴は昭和四〇年一二月二一日、後訴は二四年一二月二二日)。したがつて、右買収処分は、取り消し得ざるものとして確定した。

(3) 仮にそうでないとしても、奥田春男が昭和二三年九月六日後訴を提起して維持したこと、及び原告らが、昭和四七年一二月二五日、本件土地の売払について国有財産買受申込書を訴外農林大臣に提出し、昭和四九年二月二六日、農地法八〇条二項に基づいて対価を支払つて本件土地の売払を受けたことから、原告らは、本件買収処分による国の所有権を追認したことになる。

(四) 原告らが、本件土地を時効によつて取得したことはない。その理由は、次のとおりである。

(1) 本件土地の買収の相手方である奥田春男には、所有の意思がなかつたし、この占有を承継した原告らにも、所有の意思がない。

(2) 原告らの主張する占有期間には、占有の継続がなかつた。

〈5〉の土地には、原田某が入植し、〈8〉の土地には、脇川某が入植して耕作居住し、右土地並びに〈6〉の土地、〈7〉の土地を含む本件土地の東側、南北に走る道路一帯は、耕作、果樹栽培、養鶏などがなされていた。また〈4〉の土地付近は、買収後、開拓されずに自然林のままであつたと考えられる。したがつて、奥田春男が、これらの土地を占有していた事実はない。

〈9〉ないし〈11〉の土地上には、建物その他の施設が散在しているが、その建物が未登記であるためこれらが建てられた時期が明確でない。しかし、これらの建物が枚方市津田財産区の所有地にまたがつていることからすると、奥田春男は、買収後開拓が進まず放置されていたことを奇貨として、本件土地を不法占拠して行つたものである。

(3) 原告らは、対価を支払つて本件土地の売払を受けたのであるから、これにより、時効利益を放棄した。

(五) 原告らと日本機械との売買契約の目的物は、本件土地の所有権であつて、売払請求権でないことは、売買契約書や当事者の意思によつても明らかである。なお、売払請求権は、買収前の所有権又はその一般承継人の一身専属権であつて譲渡できない。

(六) 被告らは、奥田昇次分 二、〇〇〇万円、日本耐アルカリ分 二五〇万円が、いずれも本件土地の譲渡費用であることを否認しているが、仮に、この主張が認められない場合には、本件土地の譲渡費用中、五十川団一分 一〇〇万円を否認する。すなわち、五十川団一は、原告奥田泰郎の実父であるが、本件土地の譲渡について、具体的な仲介の事実がない。

(七) 課税処分が適法かどうかは、当該処分の前提となる課税要件が充たされているかどうかによつてきまり、原告らが主張する事情によつて、課税処分が公平を欠き違法となる理はない。

六 原告らの反駁

(一) 国税通則法二四条に定める調査義務は、課税庁の自由裁量に委ねられておらないし、青色申告に記載されているすべての所得について更正する場合には、理由附記が強制されている。

奥田昇次分 二、〇〇〇万円が、本件土地の譲渡費用として認められず、退職功労金であるというなら、被告枚方税務署長は、奥田泰郎の昭和四九年分の事業所得の減額更正をしなければならなかつたのである。そうすると、同原告に対する本件更正処分は、この点で違法である。

(二) 本件土地の農地買収処分が無効である以上、無効行為の追認などある筈がない。

(三) 公共用財産についても、取得時効が認められるところ、本件土地は、未墾地買収されたが、国は、その殆んどを、未墾地のままで放置して管理をしなかつた。そこで、奥田春男は、その家族とともに、所有の意思をもつて占有を継続したのである。本件土地上の建物や施設は、おそくとも、昭和三三年までには、完成し、昭和三五年には、これらに火災保険がかけられている。

(四) 原告らに対する農地法八〇条二項の売払は、無効である。もともと、本件土地は原告らの所有であるのに、日本機械に一括売却するために、八〇条二項の売払の手続をとることを余儀なくされた。しかし、これは、国が、弱者の立場にある原告らの窮状と窮迫に乗じて、売払契約を締結させた点で、公序良俗に違反し無効である。

(五) 売払請求権は、一つの財産権として譲渡の目的になることは、いうまでもない。そして、売払請求権の譲渡には、租税特別措置法三二条一項の適用がなく、所得税法三三条が適用されるのである。

七 被告らの反駁

(一) 奥田昇次分 二、〇〇〇万円が、退職金であるとしても、その年分は、昭和四九年ではない。二、〇〇〇万円のうち五〇〇万円が支払われたのは、昭和四八年八月二八日であり、一、五〇〇万円は、まだ支払われていない。奥田昇次が、形式的に退職したのは、昭和五一年であるが、現実に退職したのは、昭和四五年であり、原告奥田泰郎は昭和五〇年まで給料を支給していた。

(二) 原告らは、国から支払を受けるについて、本件土地の所有権が自己にあることや本件土地の買収処分が無効であることを主張しておらず、国に所有権のあることに異議を述べていない。したがつて、売払処分が、原告ら主張のように公序良俗に違反する理由はない。

(三) 本件土地の買収処分には、重大かつ明白な瑕疵はなく、買収処分に伴う本件土地の国への所有権移転登記の完了、離農補償金の支払にみられる入植者の存在、売払申請、売渡通知、原告らの対価の支払、本件土地の引渡など、経済的成果が生じており、課税庁は、このような売払行為を有効として課税処分をすれば足りる。本件土地の売払が判決によつて無効であることが確定されれば、はじめてそのとき更正すれば足りる。しかし、本件では、本件土地の買収処分、売払処分が有効に存続しているのであるから、本件更正処分には、なんらの違法がない。

(四) 原告らは、本件買収処分について、前述した訴の取下後なんら争わず、本件土地の売払申込までした対価を支払い、売払を受けて日本機械に売却しながら、本件更正処分を受けると、本件土地の買収処分の無効を主張するに至つた。しかし、このような主張は、禁反言の原則、信義則の原則に反するから、許されない。

第三証拠関係〈省略〉

理由

第一原告らの昭和四九年分の所得に対する所得税課税の経緯と内容が、別表1、2のとおりであることは、当事者間に争いがない。

第二本件更正処分の適法性について

一 当事者間に争いがない事実

(一) 原告らの亡父奥田春男は、本件土地を所有していたが、国が、昭和二三年七月二日、自作農創設特別措置法三〇条によつて買収処分をした。

(二) 奥田春男は、昭和四六年九月一三日死亡し、原告らが、その遺産相続人として権利義務を承継した。

(三) 原告らは、昭和四八年一〇月一八日、農林大臣から本件土地について、農地法八〇条一項に基づく認定を受け、昭和四九年二月二六日、同条二項に基づいて対価一億六、七三二万一、六三九円を支払つて売払を受けた。

(四) 原告らは、同月二八日、本件土地を日本機械に三億八、三四七万九、二〇〇円で売却した。原告らの持分は、原告奥田泰郎が一〇分の六、その余の原告らが各一〇分の一あてである。

(五) 本件土地の譲渡所得の計算は、別表3のとおりである。

二 原告ら主張の手続的違法について

(一) 国税通則法二四条にいう調査について

同法条は、なんら具体的方法を定めていないのであるから、その範囲、程度及び手続などは、課税庁の広い裁量にゆだねられているとしなければならない。したがつて、課税庁が、更正処分をするについて、全く調査を怠つた場合には、当該更正処分は違法となるが、そうではなく、調査自体の不十分であることは、直ちに当該更正処分に取り消すべき違法があるとすることはできないと解するのが相当である。

この視点に立つて本件を観ると、本件では、本件土地を日本機械に譲渡した事実が、原告らに全く共通であることを重視しなければならない。ということは、原告奥田泰郎を中心に調査を進めれば、他の原告らの調査にもなるということである。

成立に争いがない甲第五ないし第八号証、同第一五号証の一、二、乙第九号証の一ないし四、同第一〇号証、同第一九号証によると、原告らの確定申告は、税理士訴外大谷和夫が作成して提出したが、更正処分の際には、課税庁の職員は、譲渡所得が農地法八〇条による売払を受けた土地の譲渡であることを調査し、原告奥田泰郎と奥田昇次との間の覚書(乙第六号証)、日本耐アルカリと原告奥田泰郎との間の約定書(同第八号証)を徴したことが認められ、この認定の妨げになる証拠はない。

そうすると、課税庁は、本件更正処分をする際、国税通則法二四条の調査をしたとしなければならない。

したがつて、原告らの同条の調査の欠缺による手続的違法の主張は、採用しない。なお、原告奥田泰郎に対する本件更正処分をするについて、その帳簿書類の調査が必要でないことは、所得税法一五五条一項本文但書の明定するところである。

(二) 所得税法一五五条二項の理由の附記について

青色申告の承認を受けた所得については、法定の帳簿書類に基づいて計算を行わせ、その帳簿書類に基づく実額調査によらないで更正されることがないよう保障しているが、青色申告の承認を受けていない所得については、青色申告に対する更正であつても、白色申告に対する更正と同様に処理されれば足りるものと解するのが相当である(最高裁判所昭和四二年九月一二日裁判集民事八八号三八七頁)。

さて、本件は、青色申告の承認を受けていない本件土地の譲渡所得に対する更正であるから、原告奥田泰郎が青色申告者であつても、その更正についての理由の附記は、法律上要求されていないことは、いうまでもない。

したがつて、原告奥田泰郎のこの主張は、採用しない。

三 原告ら主張の実体的違法事由について

(一) 行政処分の無効は、何時どんなときにでも、誰に対しても、主張できるものであるから、本件更正処分の前提として、本件土地の買収処分の無効を主張して本件更正処分を争うことはできると解するのが相当である。

しかし、行政処分の単なる取消し事由に当たる瑕疵については、既に抗告訴訟の出訴期間が経過しているから、本件で適法に主張できないことは、いうまでもない。そこで、原告ら主張の本件土地の買収処分が無効であると主張しているものの中に、単に取消し事由にしかならないものは、この理由で排斥される。

(1) 本件土地の買収計画が、自作農創設特別措置法三〇条に規定された目的を欠くとの主張について

「未墾地買収は、『自作農を創設し、又は土地の農業上の利用を増進するために必要がある』場合に行われるものであり、右必要性の認定については、農業委員会は、目的地が開墾適地であるかどうかの点のみならず、目的地附近の社会的条件、国の農業政策、資源確保、災害防止の必要度等の諸要素を検討考慮する必要があり、したがつて、農業委員会に、以上の諸要素を基礎とした相当広範な裁量権が与えられている」(最高裁判所昭和三四年七月一五日民集一三巻七号一〇六二頁)。したがつて、買収計画が違法となるのは、農業委員会の裁量権行使に濫用又は踰越があつたときに限られるが、この場合の違法は、買収計画の取消し事由であつて、無効事由にならないと解するのが相当である。

原告らの主張は、この点で採用できない。

のみならず、成立に争いがない甲第九号証、同第二〇ないし第二二号証、同第二五ないし第二七号証(同第二五、二六号証については原本の存在についても争いがない)、同第二八号証の一、二、同第二九、三〇号証、同第三二号証の一ないし五、弁論の全趣旨によつて原本の存在とその成立が認められる同第一二号証、証人斎木章亮の証言によると、本件土地を含む津田町第一地区の未墾地買収計画自体が、同法三〇条の目的、趣旨に合致したものであるといわなければならない。

(2) 本件土地の買収計画の樹立に当たり同法三一条、民有未墾地買収要領に違反して各筆ごとの綿密な調査をしなかつたとの主張について

未墾地買収においては、買収目的地の特定を欠くときには、買収計画自体が無効になると解するのが相当である。しかし、この特定には、買収目的地の実測面積によることまで要求されてはいないのであつて、関係書類上、被買収者のどの土地が対象にされているかが特定できれば足りるのである(最高裁判所昭和三六年五月二六日民集一五巻五号一三六五頁参照)。

前掲各証拠によるとき、本件土地が、未墾地買収の対象地として特定を欠いたとすることはできない。とりわけ、奥田春男は、本件土地が未墾地買収の対象になつていることを知つたうえで、訴訟をしたり異議の申立をしたりしているのである(前掲甲第一二号証、原本の存在と成立に争いがない甲第一三、一四号証による)。そして、前掲甲第二五号証や証人斎木章亮の証言によると、奥田春男は、大阪府職員が本件土地の現地調査に行つたときにはその立会をし、境界の不明確な部分を指示したというのである。このような事情があるにも拘らず、本件土地の買収計画を樹立するについて、綿密な調査をしなかつたというのは、事実にそわない主張でしかない。

(3) 津田二五三六番三の土地が農地であるのに、未墾地と認定したことの誤りについて

明らかに農地であるものを未墾地と誤認して未墾地買収をした場合、その買収は、無効であると解するのが相当である。

しかし、本件に顕われた証拠を仔細に検討しても津田二五三六番三の土地が、全地域にわたつて、明らかに農地として耕作されていたことが認められる証拠はない。却つて、前掲甲第二五号証や斎木証言によると、奥田春男の使用人である脇川好市が、約半分位よいとこ好みの格好で開墾して耕作していた程度であり、脇川好市自身この土地を未墾地買収された後、売渡しを受けることを希望していたことが認められる。この認定の事実によると、津田二五三六番三の土地全部が農地であることが誰の目から見ても明白であつたとまで断定することは無理である。したがつて、原告らのこの無効の主張は、採用しない。

(4) 本件土地の範囲と面積の不確定について

さきに述べたとおり、被買収地の特定を欠くときには、買収計画は無効になるが、本件では、本件土地の範囲は、関係書類によつて明らかにされ、奥田春男の十分承知するところでもあつたのである。

前掲甲第二五号証、斎木証言によると、買収計画のため特に測量はせず、目測によつて縄のびを一・五としたことが認められる。そして、本件においてこの縄のび率が明白に間違つていることが認められる証拠がないのであるから、原告ら主張の本件土地の範囲と面積が不確定であることが、本件土地の買収処分を無効ならしめる事由とはならない。

(5) 本件買収計画から除外された民有地(奥田立子所有地)が本件土地の買収により袋地になつたとの主張について

原告ら主張の事由が、本件土地の買収処分を当然無効にならしめる瑕疵であるとすることはできない。

(6) 本件土地の買収令書の交付がなく対価の支払もされていないとの主張について

買収令書の交付がないことや対価の支払がないことは、買収処分を無効ならしめる瑕疵に当たる。

前掲甲第二五号証、成立に争いがない同第二三、二四号証、同第三一号証の一ないし五、証人斎木章亮の証言によると、奥田春男は、買収令書の受領を拒んだため、大阪府知事は、大阪府公報(甲第二四号証)に公告しその対価を供託したことが認められ、この認定の妨げになる証拠はない。

そうすると、原告らのこの主張も、採用できない。

(7) 本件土地について、正当な補償がないとの主張について

原告らの主張が、本件土地の買収処分を無効ならしめる瑕疵に該当しないことは、多言を必要としない。

(8) まとめ

以上の次第で、本件土地の未墾地買収計画ないし買収処分が無効であるとの原告らの主張は、すべて理由がない。

(二) 時効取得について

奥田春男は、本件土地が昭和二三年中に買収になることを知り、同年七月には、未墾地買収計画取消訴訟を、同年九月には、農地買収対価増額訴訟を提起したことが、前掲甲第一三、一四号証によつて認められる。

そうすると、奥田春男は、本件土地の所有権が農地買収によつて国に移転したこと知つたものとするほかはなく、仮に、奥田春男が、昭和二三年七月ころから、本件土地全部を占有したとしても、その占有に所有の意思があつたとすることは、到底無理である。

したがつて、原告らの時効取得の主張は、採用しない。

(三) 農地法八〇条の売払請求権の譲渡であるとの主張について

本件に顕われた証拠を仔細に検討しても、原告らと日本機械との間の売買の目的物が、本件土地ではなく本件土地の売払請求権であることが認められる証拠はない。

却つて、成立に争いがない乙第一号証の六、七、同第二、三号証、証人玉田善彦の証言、原告奥田泰郎の本人尋問の結果によると、右売買の目的物は、形式的にも実質的にも本件土地であることが認められる。

したがつて、原告らのこの主張は、採用しない。

(四) 原告らは、本件土地の売払が無効であると主張しているが、本件に顕われた証拠を仔細に検討しても、本件土地の売払自体が無効であることが認められる証拠はない。原告らは、本件土地の売払を受け、これを日本機械に譲渡して多額の利益を得ながら、本件土地の売払を無効と主張することは、矛盾も甚しく、理解に苦しむところである。

四 本件土地の譲渡費用について

(一) 奥田昇次分 二、〇〇〇万円

成立に争いがない乙第六号証、公務員が職務上作成したものであるから真正に作成されたものと認められる同第一六号証の一、原告奥田泰郎の本人尋問の結果を総合すると、原告奥田泰郎が奥田昇次に支払うことにした二、〇〇〇万円の性格は、奥田昇次の奥田塗料製造工場の退職功労金、奥田昇次の居住家屋(奥田立子所有)の立退料、原告奥田泰郎と奥田昇次との間の奥田春男の遺産をめぐる確執に対する示談金など諸々の解決金であつたことが認められ、この認定に反する証拠はない。

そうすると、この二、〇〇〇万円が、本件土地の譲渡に必要な費用に該当しないことは、いうまでもない。

なお、原告らは、この二、〇〇〇万円が、退職功労金であるとするなら、原告奥田泰郎の事業所得を更正すべきであつたと主張しているが、同原告が、そのような確定申告や修正申告をしていないのに、課税庁がそのような更正をすべき義務はない。

前掲乙第一六号証の一、成立に争いがない同第八号証、同第一五号証、公務員が職務上作成したものであるから真正に作成されたものと認められる同第一一号証の一によると、日本耐アルカリが、原告奥田泰郎から借りていた建物のあつた場所は、枚方市津田財産区所有の枚方市大字津田四七七四番であつたこと、日本耐アルカリは、この建物から立ち退くため二五〇万円を原告奥田泰郎から受け取つたこと、以上のことが認められ、この認定に反する証拠はない。

そうすると、日本耐アルカリ分が、本件土地の譲渡に必要な費用に該当しないことは、いうまでもない。

五 本件更正処分が、著しく公平を欠き違法であるとの主張について

原告ら主張の事情が、本件更正処分を違法にならしめる理由とならないことは、多言を必要としない。課税庁としては、確定申告、修正申告を契機として、その内容を審査し、税法を適用して課税処分をすれば足り、他の納税者(本件では離農者)との比較をも考えて課税処分をする義務もなければ必要もない。

原告らの主張は、到底採用できないことは、いうまでもない。

六 本件更正処分の適法性について

原告らは、農地法八〇条によつて本件土地の売払を受け、これを日本機械に譲渡したわけであるから、この譲渡所得は、農地売払法五条一項二号、租税特別措置法三二条一項により、分離短期譲渡所得として課税される。そして、譲渡費用中奥田昇次分二、〇〇〇万円と日本耐アルカリ分二五〇万円は、否認されなければならない。そうすると、別表3の被告らの更正欄記載のとおりになる。

以上の次第で、本件更正処分は、適法であつて、原告ら主張の違法な点はない。したがつて、本件賦課決定処分も適法である。

第三むすび

原告らの請求は失当であるから棄却し、行訴法七条、民訴法八九条に従い、主文のとおり判決する。

別表1~3、物件目録〈省略〉

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